スペシャルコンテンツ

幸子にラブ・ソングを

第3話

幸子、お仕事いきまーす!

「明日から就業していただくBlack & Smith Japan様でのお仕事なんですけど・・・」

いよいよ派遣でのお仕事スタート!という前の日、
プロバンクのコーディネーター青山さんから、電話で持ち物や当日の流れについての説明を受ける幸子。

「実は別の部署でも弊社からスタートする方がいらっしゃるんですよ。
明日の朝は営業の新橋と、内さんと、そのもうひとりの方の3名で

虎ノ門駅で待ち合わせてから、先方オフィスに入っていただきたいんです。よろしいですか?」

―へぇ。そういうこともあるのね。
営業の人が同行してくれるうえに、一緒にスタートする人がいるのは心強いかも―

お仕事初日の服装はビジネスカジュアルでいいと言われていたが、
幸子はあえて明るい色のジャケットを選んで羽織る。

田園都市線から銀座線に乗り換えて、待ち合わせ場所の虎ノ門駅へと向かう幸子の胸は、
心地よい緊張で高鳴っていた。

「内さん、おはようございます!本日からよろしくお願いします!」
駅に着くと、すぐに営業の新橋くんが幸子に気づき、さわやかな笑顔で挨拶してくれる。

「はじめまして~。藤沢エミリですぅ。よろしくお願いしまぁ~す♪」
新橋くんのかたわらに、イマドキファッション&メイクで、ばっちりキメている20代とおぼしき女子。

「あ・・・うぅ内 幸子です。こちらこそ、よろしくお願いします・・・」

エミリの内側からほとばしるキャピキャピ感にたじろぎながらも、
幸子は「オトナの笑み」を保って挨拶をする。聞けば、エミリは24歳

「短大出て~ちょっとしかお仕事したことがないんでぇ~
一緒にスタートする方がいてうれしいですぅ♡

エクセルとかでわかんないことあったら、幸子さんに聞いちゃお~っとぉ♪」

―知っている・・・。
この子は、自分が若くてかわいいことを知っている・・・。

あらゆるイミで目まいを起こしそうになるのをどうにか堪えつつ、
オフィスビルに入った幸子を浅黒い肌をした長身の男性が出迎えてくれた。

「先日はどうも、芝です。あらためて今日からよろしくお願いします」

幸子の派遣先であるB & S Japan第一営業部の部長、芝さんである。
エントランスで新橋くんとエミリと分かれ、幸子は芝部長から仕事の説明を受ける。

「契約書は、このフォーマット使ってね。
ドラフトを作成したら、法務部にリーガルチェックを依頼して・・・」

―フォーマット・・・ドラフト・・・
前の職場だったら、”ひな形”に”たたき台”といったところか―

仕事の説明ひとつにも、いちいちカタカナ語が入ることに感動を覚える幸子。

そもそも、この芝部長からして細身のスーツをさらりと着こなす「ダンディなオジサマ」だ。
作業着のオジサマが、そこここを行きかうのが日常だった、
いわゆる昔ながらの「ものづくり」会社で働いていた幸子にとって、
芝部長の存在は軽いカルチャーショックですらある。

「・・・で、このシステムの使い方なんだけどね、ボクはよく分かんないんだ。ははっ
ここからマニュアルをダウンロードして見てもらえれば。」

芝部長の教え方がチョイチョイいい加減なのは気になる幸子だったが、
手取り足取り教えてもらえるのは新卒だけ☆と呪文のように言い聞かせる。

「じゃ、早速なんだけどコレ処理してもらっていい?
ボクはその辺ウロウロしてるから」

「・・・はい、わかりました!」

その辺ウロウロするだけかい!と心の中で毒づきつつも笑顔で返事をし、
渡された書類に目を落とすと、隣のシマにいるエミリが電話対応をする声が聞こえてきた。

「お電話ありがとうございます~。B & S Japanでございます~ぅ。」

―やっぱりあの子は仕事の電話でも語尾を伸ばすんだな・・・―
・・・などと内心で薄笑いを浮かべた次の瞬間。

「Hello. B & S Japan, Sales marketing Department. May I help you? ・・・」

―・・・え? ―

どうだ、驚いたか?
ぼんやりした顔してないで、ぎゃふんとでも言ってみろよ

むかしむかしに読んだ漫画、『ドラえもん』でのセリフ(うろ覚え)が幸子の頭を駆け巡る。

―なっ・・・ナニあの流暢な英語?!負けてる!!!
私、あの子にいろいろ負けてるーーーーー!!!―

このままではいけない。これは本当に、本気で英語スキルを磨かなければ
表情は平静を保ちながらも、そう固く心に誓う幸子であった。

PAGE TOP