第5話
A・RA・SHIを呼ぶオトコ
Uchi-san
からはじまり、
Best regards.
で終わるそのメールを、幸子は先ほどから5回は読んでいた。
芝部長から、「来週、ボクのボスが来日するからヨロシク★」と唐突に宣告された直後、幸子宛に届いたメールである。
メールのCCに、芝部長と“Tiger Woo”という人のメールアドレスが入っているので、
恐らくこの”Tiger Woo”なる人物が、芝部長のボス、ということであろう。
Tiger Wooの秘書だという女性からのメールには、Tigerが往復に利用する予定のフライトおよび滞在中(1週間もいるらしい!)のスケジュール、ホテル名などのほか、会議用資料にアクセスするためのアドレスが添えてあった。
いよいよ自分の英語力が試される日が来た・・・
そのメールを受け取った日から、幸子はスマホの英語学習アプリを駆使して熱心に英語を練習し、
満を持してその日を迎えた。
「Hi, Sachiko~~~!!」
芝部長とともにやってきたソイツは、抱きつかんばかりの勢いでサチコに握手を求めてくる。
―コイツがTigerか!!―
額にグラサンをかけ、シャツの第3ボタンまで開襟したその人は、
出張中のビジネスマンというより、リゾートにやってきたジ●ーラモにしか見えない。
「じゃ、彼の滞在中のサポートはヨロシクね」
芝部長は、いつも通りテキトーに仕事を丸投げして去っていった。
同じ部署の営業社員から聞いたところによれば、Tigerは、その自由かつ斬新な発想で新しい販売手法を次々に打ち出し、アジアパシフィックのゼネラルマネージャーにまで登りつめた男だという。
今回の来日理由も、日本における新製品発売に向けての営業戦略を伝えるためらしい。
・・・が、そのキレ者らしいTiger氏、とにかくめっぽう女性に目がない。少なくとも、幸子が見る限り。
幸子と話すときに肩へ回される手は、いつもさりげなくかわしている。
たまたま経理の女性が幸子に話しかけてきたときなど、
すかさず寄ってきて「キミ、セクシーだね。シンガポールに来ない?」とウインクを投げかけていく始末。
ただでさえ、マーケティング部はどこだ、次はどのミーティングルームに行くのか、一日中スケジュールに合わせて細かくサポートしなくてはならないのに、サチコはどうしてこの会社に入ったのか、仕事は楽しいか、
挙げ句の果てにはうまい天ぷらが食べたい等々、やたらめったら話かけてきて、幸子は答えるのが精一杯…。
そんな自由でマイペースなTigerの対応に、日に日に幸子は憔悴しやつれていった。
フミさんが遠くから痛ましい目で見ていることにも気づかぬほどに。
そしてようやく・・・もとい、いよいよ日本滞在最終日という日の午後3時、Tigerが幸子の席にやってきた。
―今度はナニゴトか!?―
…と身構えた次の瞬間、幸子の目の前にス●バのカフェラテとクッキーが差し出される。
「サチコ、ボクが日本にいる間のサポートをしてくれてありがとう!」
―ジロー●モ・・いいとこあるじゃん!―
思わぬサプライズに、素直に胸がジーンと熱くなる。
うれしい、ありがとう!と幸子が言おうとしたそのとき、
Tigerから笑顔で言い放たれた言葉は、激しい衝撃となって幸子を貫いた。
「サチコの発音、ベイビーみたいだったよ★」
―ん?べいびぃ・・・?―
「・・・幸子ちゃーん?大丈夫?」
フミさんの気遣わしげな声に気づかないほどフリーズしている幸子をそのままにして、
Tigerは嵐が過ぎ去るようにシンガポールへと帰国していったのであった。