第9話
LUNCH TIME WARS
虎ノ門のランチタイムは、戦争である。
幸子がB&Sで働きはじめてから気づいたことだ。
以前の会社では、正午を告げるベルとともに社食へ繰り出すのが「普通」だったが、ここ虎ノ門において、
正午に外ランチに出る=敗北(行列)を意味する。
「わかりますぅ~。フツーの中華料理屋さんでも並びますよねぇ~」
聞きようによっては失礼なことをエミリはサラリと口にする。
幸子は今日、エミリを誘って少し遅いランチをとっていた。
B&Sは、各自のタイミングで昼休憩を取ってよい仕組みなので、
お昼のタイミングをずらしさえすればスムーズにランチにありつくことができる。
「あとぉ~、オジサンっぽい店、多くないですぅ?」
-そら、アンタが前にはたらいていた青山に比べたら。
それでも、妙にメニューが茶色い社食で昼食をとりつづけてきた幸子にとって、虎ノ門ランチは充実している。
ちょっと路地に入れば、小洒落たイタリアンや美味しい和食屋も見つかる。
「ところで、エミリちゃんの部署の赤坂さんて・・・」
さりげなく話題を変えようとした瞬間、ピタ。と、エミリのフォークが動きを止めたのを幸子は見逃さなかった。
「例の新製品の件でやり取りしてるんだけどねっ、どんな人かのかな~って」
いつでも誰にでもニコニコと愛想の良いエミリの打って変わった態度に、なぜだか幸子が焦ってしまう。
「・・・仕事はデキるって評判ですよ」
目が笑ってない。しかも、「仕事“は”」って・・・。
赤坂氏がエミリに対して批判的だったことも思い出し、幸子が深堀りすることをあきらめたとき、
不意にエミリが「幸子さんだから言うんですけどぉ~」と切り出した。
「なんかぁ、メイクとか服装とか仕事と直接関係ないこと言ってくるんですよー。
こないだなんて『藤沢さんのまつ毛、蛾みたいだよね』とか言われて~、超シツレイ!!」
-あ、そりゃダメだ。
「メイク盛るなら仕事後にしなよ~」と、軽いツッコミは入れつつ、
赤坂氏のデリカシーのなさは筋金入りだという確証を得た幸子であった。